タラバガニ科(タラバガニか、 Lithodidae)は、甲殻類十脚目(エビ目)異尾下目に分類される科。分類学上は、いわゆるカニ(短尾下目)ではなく、ヤドカリ(ヤドカリ下目)に属する。
「カニ」との違い
タラバガニ科の「カニ」は、形態的にも、分子系統学的にも、いわゆる「カニ」(短尾下目(カニ下目)、真正蟹類)ではない。形態上の「カニ」との大きな違いは、以下の点にある。
- 歩行用のあしが3対6本しかないように見える
- カニは、ハサミ(第1脚)1対と、歩行用に発達した第2脚から第5脚のあし4対があるように見える。タラバガニ科では、一見すると、ハサミ(第1脚)1対と、あし(第2脚・第3脚・第4脚)3対に見える。実際には第5脚が存在するが、短く、鰓室内に差し込まれている。この脚は、歩行用としては退化しているようにみえるが、鰓をきれいにするために用いられている。
- 腹部が左右非対称である
- カニは、腹部が左右対称で、腹肢が両側にある。タラバガニ科では不相称で、とくにメスの腹部は右側にねじれ、腹肢は左側だけに残る。また、俗に「カニのふんどし」と呼ばれる腹部の環節がカニに比べ柔らかい。
- 第2触角の形状
- カニはごく短いが、タラバガニ科は糸状で長い。
- ハサミの形状
- 左右非対称で、カニに比べて長い。
特徴
「カニ」(真正蟹類)は陸地・砂浜・磯・干潟・淡水など様々な環境に分布するのに対して、タラバガニ科の多くは海底、それも深海に生息する。多くは寒海性で、南方では深海に生息する。繁殖期を別にすると、タラバガニは水深200メートルから300メートル程度の海底に棲み、イバラガニ属(Lithodes)は水深400メートル(イバラガニ Lithodes turritus Ortmann, 1892)から1100メートル(キタイバラガニ Lithodes couesi J. E. Benedict, 1895)、エゾイバラガニ属(Paralomis)では水深300メートル(イガグリガニ Paralomis histrix (De Haan, 1849))から1400メートル(ゴカクエゾイバラガニ Paralomis verrilli (Benedict, 1895))、ニホンイバラガニ属(Neolithodes)では水深600メートル(ニホンイバラガニ Neolithodes nipponensis Sakai, 1971)から1900メートル(アメリカイバラガニ Neolithodes agassizii (S. I. Smith, 1882))、といった具合である。
タラバガニのように若い時期に水温や日長に季節変動がある比較的浅い海域に棲むものもある。イバラガニなどが棲む深い海底では季節による環境変化が乏しいし、食物や酸素も少ない。タラバガニ科のなかには、硫化水素やメタン・アンモニアなどを湧出する深海の噴出孔付近で、細菌類が化学合成する化合物を餌としているものもみられる。一般にこの仲間は卵が大きく数が少なく、幼生も大きく成長が進んだ状態で孵化する傾向があり、これらは寒い環境への適応と考えられている。海洋では暖かくなる春になるとエサとなるプランクトンが増えるのに比べ、深海ではそうした季節変動がないので、生活環や繁殖期が季節に依存しない。ふつう「カニ」の多くは、同時に授精した卵はほぼ同時に孵化をするが、水深550メートルから1100メートルに棲むキタイバラガニやイバラガニモドキ(Lithodes aequispinus J. E. Benedict, 1895)では、数日から数週間かけて少しづつ孵化をする。これは、一斉に孵化すると周囲に餌となる養分が不足してしまうからではないかと考えられている。アブラガニはグラウコトエ幼生のときに食事を必要としないし、イバラガニは卵黄が大きく最初から豊富な栄養を貯えて生まれるので幼生は食事を必要とせず、エゾイバラガニ属の一種(Paralomis spinosissima)は、14ヶ月の幼生期間を、卵黄からの栄養だけで過ごす。イバラガニモドキが幼生期を何段階かスキップして成長するのも、エネルギー節約のためと考えられている。
タラバガニ科には細く長い脚・大きな鰓室を発達させている大型種が多く、これは酸素の少ない海底に適応した結果と考えられている。なお、タラバガニ科に限定したことではないが、深海の甲殻類の外観が赤いのは、深海には日光のうち赤スペクトルの光線が届かないため、捕食者から発見されにくくなっているとためというのが通説である。
大型種が多いタラバガニ科は水産の面で重要なものが多い。とくに重要なのは北半球に生息するタラバガニ、南半球のチリイバラガニ(Lithodes antarcticus Hombron & Jacquinot, 1844、商業上は「ミナミタラバガニ」等と称する)など。タラバガニは、この科のなかでは比較的浅い海底に生息していて、とくに2歳から4歳の若いうちは防御のために数千匹からなる群を形勢する。この方法は捕食者から身を守る上では有効だったが、トロール漁によって根こそぎ捕獲されるリスクに晒された。トロール漁は、アラスカ沖でタラバガニの個体数が激減した原因と目されており、禁止された。欧米で「golden king crab」(キンイロタラバガニ)と呼ばれるイバラガニモドキは、幼生期が短いうえに、ほとんど卵黄の栄養だけで成長することから、アメリカでは養殖の有力候補とされている。
欧米ではタラバガニ属もイバラガニ属も「king crab」と呼ばれる。タラバガニ属とイバラガニ属では腹節の構造に違いがあり、タラバガニ属は腹部の節が膜で細分化され第2腹節は5節に分かれているのに対し、イバラガニ属は細分化されておらず第2腹節は3節からなる。
近年の研究
近年、ニュージーランド、オーストラリア、南極海方面で、タラバガニ科の新種が23種発見されている。このうちニュージーランドで5種、オーストラリアで5種、そして4種は両地域で発見された。2006年には、南極海のライギョダマシの胃のなかからエゾイバラガニ属の新種(Paralomis stevensi Ahyong & Dawson, 2006)が見つかっている。2009年にも新種4種が発見された。
2010年に世界規模での海洋調査が行われた結果、主に深海で、数千種類の新種の海洋生物が発見された。2012年の時点では、このうちおよそ5000種は、まだ分類も命名もされていない。
分類
概要
メンコガニ属
Cryptolithodes Brandt, 1848
メンコガニ属
Glyptolithodes属
Glyptolithodes Faxon, 1895
- Glyptolithodes cristatipesは、以前はRhinolithodes cristatipes Faxon, 1893として、Rhinolithodes属に分類されていた。
イバラガニ属
Lithodes Latreille, 1806
イバラガニ属
- 代表種イバラガニの種小名「turritus」は「塔をもつ」という意味で、特徴的な突き出た額角を指す。
- 商業上は、イバラガニモドキは「イバラガニ」との商品名で取引されることが多い。この種はかつて「北洋タラバガニ(ホクヨウタラバガニ)」の商品名で流通されていたが、日本国内ではこの名称の使用は禁止された。
フサイバラガニ属
Lopholithodes Brandt, 1848
フサイバラガニ属
ニホンイバラガニ属
Neolithodes A. Milne-Edwards & Bouvier, 1894
ニホンイバラガニ属
タラバガニ属
Paralithodes Brandt, 1848
タラバガニ属
- アブラガニは、かつては「タラバガニ」「アブラタラバ」などの商品名で売買されていたが、日本国内では今はこの名称は禁止されている。
エゾイバラガニ属
Paralomis White, 1856
エゾイバラガニ属
- (シノニム)Leptolithodes Benedict, 1895
- (シノニム)Pristopus Benedict, 1895
Phyllolithodes属
Phyllolithodes Brandt, 1848
Rhinolithodes属
Rhinolithodes Brandt, 1848
Sculptolithodes属
Sculptolithodes Makarov, 1934
エリタラバガニ属
かつてタラバガニ科に分類されていたもの
- ショウジョウガニ・イボトゲガニ
かつてショウジョウガニ Hapalogastridae grebnitzkii Schalfeew, 1892 、イボトゲガニ Hapalogaster dentata De Haan, 1814 などは、「ショウジョウガニ亜科」(Hapalogastrinae)としてタラバガニ科の下位におかれていた。いまは「イボトゲガニ科」として独立している。
シワガニ(Dermaturus mandtii)、イボガニ(Oedignathus、O.inermis)も同様に、かつてはタラバガニ科ショウジョウガニ亜科に分類されていたが、いまはイボトゲガニ科の下位におかれている。
- 旧分類
- 現分類
脚注
注釈
出典
書誌情報
- 三宅好美(農林技師)・松谷三郎:共著、『工船蟹漁業の話』、日本水政新報社、1928年。
- 丸川久俊:著、「たらばがに調査」(水産試験場報告第4号別刷)、日本蟹罐詰業水産組合聯合会、1933年。
- 瓜田友衛:著、樺太廳博物館叢書2『タラバガニの話』、樺太文化振興會、1940年。
- 佐藤栄(北海道水産試験場):著、『タラバガニと其の漁業』(水産科学叢書第四輯)、北方出版社、1949年。
- 岡本信男:著、『工船蟹漁業の実際』、水産週報社、いさな書房。1957年。ASIN : B000JAPGFU
- 武田正倫:著、『原色甲殻類検索図鑑』、北隆館、1982年。
- 三宅貞祥:著、『原色日本大型甲殻類図鑑(Ⅰ)』、保育社、1982年。
- 『食材魚貝大百科 第1巻 エビ・カニ+魚類』、平凡社、1999年。ISBN 4-582-54571-8
- 社団法人日本水産物貿易協会:編、『商用魚介名ハンドブック(3訂版) ― 学名・和名・英名・その他外国名 ―』、成山堂書店、2000年(初版)、2005年(3訂版)。ISBN 4-425-82783-X
- ジュディス・S・ワイス:著、長野敬・長野郁:訳、『カニの不思議』(原題:“Walking Sideways: The Remarkable World of Crabs”、2012)、青土社、2015年(第1刷)。ISBN 978-4-7917-6839-4
関連項目
- ウィレム・デ・ハーン - 日本近海種の甲殻類を多数命名した学者(命名者の De Haan)


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